生い立ち 3
「女の子は何よりも愛嬌が大切なの」
繰り返し母に言われたこの言葉は、未だに教訓として生きているし、大人になった今考えると
なかなか確信をついていると思った。
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煌びやかなドレスに、軽やかなステップ。
ああ、昔母に強請って何度も読んでもらった
おとぎ話のお城の中のような。
広く伸びたフロアで流れている音楽にのせて、いとも簡単に踊る母は、まるでお姫様のようだ。
少し汗を滲ませながらもその表情はとても凛としていて、どこか妖艶で、息を呑むほど美しい。
だが、その母の腰に手を回す男が、私は気に入らない。
ただのレッスンの講師よと言われても、生徒と講師以上の何かを感じて仕方ないのだ。
「君が瑠璃ちゃんだね。お母さんはとてもダンスが上手なんだ。宜しくね」
整ってはいるが見るからに軽薄そうな顔立ちに、白い歯をのぞかせるその笑顔がどうも胡散臭く見える。
握手を求めて差し出された手を、私はとることが出来なかった。
大切な母に気軽に触らないでというヤキモチと、その男と話している母のとろけるような笑顔に無性に腹が立つ。
当時は「不倫」なんて言葉を知らなかったけど
見た目は少女でも、きっと女の勘というものが働いたんだろう。
私が母のレッスンにいったのは、その一度だけだった。
あの男に会いたくなかったからだ。
というよりも、あの男と一緒にいる、いつもと違う母を見たくなかったから。
父に相談したかったが、母の話題になると途端に無関心になった。
あからさまに母の話題を避ける、父は嫌なことからすぐ逃げるのだ。
今のこのモヤモヤした気持ちは、誰に吐き出せばいいのか。
誰にも話せなかった。